2006年 07月 26日
2006年度、断念。
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さて、しばらくの間更新をさぼっていましたが多くのことが起こっています。だんだんと落ち着いて来たので、少しずつ書き進めようと思います。こういうとき、思っていることをリアルタイムにかける人はとても勇気があるなと、本当に思います。
まずは学校の出願ですが、一校で却下、一校で保留、出願を予定していたもう一校は未提出ままです。
ESADE
9月に始まるコースで8月から事前セミナーが始まることもあり、締め切りぎりぎりに大急ぎで出願しました。学校のウェブサイトや出願書類にはどこも6月末が締め切りだと書いているのに、ヨーロッパ以外の生徒については5月いっぱいということが直前にわかりました。おかげでエッセイの添削には特急料金を支払うことにはなりましたが、なんとか間に合いました。それまで何度か問い合わせをしたときに、日本人だってわかっていたはずなのになぁ。(もうちょっと早く言ってよぉ。)
5月上旬:締め切りまで4週間も無いことが発覚。
5月中旬:2週間で5個のエッセイを書き上げ。Business Paradigmにエッセイ添削を依頼。
5月下旬:GMATを”受験予定”として出願。出願後不足する書類を再送付。
6月上旬:面接の依頼!!
その2日後...:電話で面接。
6月中旬:GMAT受験。official reportを待つ時間節約のため、当日受け取るun-official reportをFAXで送る。
6月下旬:スペインがフランスに負けた(World Cup)次の日、断りの連絡を受ける。
ESADEは、誰もが言いますが連絡がとても早く対応が良いです。郵便物のトラッキングシステムが配達通知のメールをよこす前に、Admissions Officeから連絡がありましたし、不足していた書類を送り手続きが完了した2, 3日後には面接の連絡がありました。もし合格した場合のVISAなどの手続きのことをふまえ、GMATの公式スコア確定までの時間節約のために試験当日にもらう非公式をFAXで送るという対応をしてくれました。さすがに最終の判断は1週間以上待ちました。しかしこれは、ワールドカップが理由かなぁと考えてしまいます。
入学拒否の理由を質問したら、英語力とGMATのスコアと言われました。質問するまでもなくその点だろうとは思っていましたが。TOEFLはなんとかぎりぎり拾ってもらえそうな数字でしたが、面接の電話では思うように言葉が出てこずGMATも散々でした。もしあの点数で受かったら、”こんな点数でも受かる可能性がある!”と今後のために公開しようと思っていたのですが、さすがに恥ずかしい点数なので控えます。そのみっともない点数のGMATも、結局は英語です。海外に住んだことが無く、仕事もエンジニアをしている者にとっては、ビジネスレベルの英語とは高いハードルです。
面接招待は、とても今後の自信になります。私みたいな経歴で、今後あんなことをしてみたいと言う考えが十分に評価されたのだと思います(その”あんなこと”は今後詳しく)。小規模ソフトウェア会社に努めて、アメリカ主導のハイテク業界にいながらヨーロッパのビジネススクールに行こうとしている、アジア人女性、将来は地方都市の産業を活かすことをしようと考えている。英語を理由に却下だったので、そこをクリアしたらまだESADEでも可能性があるのだと思います。ここも、再受験は可能で、書類は1年間保管してくれているので、その間は再受験についてのエッセイを提出すればそれで完了です。あの、死にそうになりながら書いたエッセイは、しばらく有効です(笑)。私自身も、英語に十分な自信があった訳ではないので、却下と言うことは授業に十分ついて行けないということですので、無理して学校へ行き無駄に過ごすことを避けることができたと考えることにしました。そして、それまでぼんやりとしかしていなかった遠い将来にやりたいと思っていたことが、エッセイに書いて言葉にしてみたところ、やっぱりやりたいという考えにまとまってきました。学校の出願とは、いろいろな影響力があるものなんだと実感しました。
まずは学校の出願ですが、一校で却下、一校で保留、出願を予定していたもう一校は未提出ままです。
ESADE
9月に始まるコースで8月から事前セミナーが始まることもあり、締め切りぎりぎりに大急ぎで出願しました。学校のウェブサイトや出願書類にはどこも6月末が締め切りだと書いているのに、ヨーロッパ以外の生徒については5月いっぱいということが直前にわかりました。おかげでエッセイの添削には特急料金を支払うことにはなりましたが、なんとか間に合いました。それまで何度か問い合わせをしたときに、日本人だってわかっていたはずなのになぁ。(もうちょっと早く言ってよぉ。)
5月上旬:締め切りまで4週間も無いことが発覚。
5月中旬:2週間で5個のエッセイを書き上げ。Business Paradigmにエッセイ添削を依頼。
5月下旬:GMATを”受験予定”として出願。出願後不足する書類を再送付。
6月上旬:面接の依頼!!
その2日後...:電話で面接。
6月中旬:GMAT受験。official reportを待つ時間節約のため、当日受け取るun-official reportをFAXで送る。
6月下旬:スペインがフランスに負けた(World Cup)次の日、断りの連絡を受ける。
ESADEは、誰もが言いますが連絡がとても早く対応が良いです。郵便物のトラッキングシステムが配達通知のメールをよこす前に、Admissions Officeから連絡がありましたし、不足していた書類を送り手続きが完了した2, 3日後には面接の連絡がありました。もし合格した場合のVISAなどの手続きのことをふまえ、GMATの公式スコア確定までの時間節約のために試験当日にもらう非公式をFAXで送るという対応をしてくれました。さすがに最終の判断は1週間以上待ちました。しかしこれは、ワールドカップが理由かなぁと考えてしまいます。
入学拒否の理由を質問したら、英語力とGMATのスコアと言われました。質問するまでもなくその点だろうとは思っていましたが。TOEFLはなんとかぎりぎり拾ってもらえそうな数字でしたが、面接の電話では思うように言葉が出てこずGMATも散々でした。もしあの点数で受かったら、”こんな点数でも受かる可能性がある!”と今後のために公開しようと思っていたのですが、さすがに恥ずかしい点数なので控えます。そのみっともない点数のGMATも、結局は英語です。海外に住んだことが無く、仕事もエンジニアをしている者にとっては、ビジネスレベルの英語とは高いハードルです。
面接招待は、とても今後の自信になります。私みたいな経歴で、今後あんなことをしてみたいと言う考えが十分に評価されたのだと思います(その”あんなこと”は今後詳しく)。小規模ソフトウェア会社に努めて、アメリカ主導のハイテク業界にいながらヨーロッパのビジネススクールに行こうとしている、アジア人女性、将来は地方都市の産業を活かすことをしようと考えている。英語を理由に却下だったので、そこをクリアしたらまだESADEでも可能性があるのだと思います。ここも、再受験は可能で、書類は1年間保管してくれているので、その間は再受験についてのエッセイを提出すればそれで完了です。あの、死にそうになりながら書いたエッセイは、しばらく有効です(笑)。私自身も、英語に十分な自信があった訳ではないので、却下と言うことは授業に十分ついて行けないということですので、無理して学校へ行き無駄に過ごすことを避けることができたと考えることにしました。そして、それまでぼんやりとしかしていなかった遠い将来にやりたいと思っていたことが、エッセイに書いて言葉にしてみたところ、やっぱりやりたいという考えにまとまってきました。学校の出願とは、いろいろな影響力があるものなんだと実感しました。
by hataraku_usagi
| 2006-07-26 01:51
| 勉強